京都地方裁判所 平成5年(ワ)1684号 判決
原告
沖本景彦
右法定代理人親権者
沖本和雄
同
沖本享子
右訴訟代理人弁護士
戸倉晴美
同
吉田容子
被告
京都市
右代表者市長
田邊朋之
右訴訟代理人弁護士
南部孝男
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 事実認定
前記認定事実及び証拠(末尾に掲記)によると、以下事実が認められる。
1 原告らの体格
本件事故の起こった昭和六三年二月当時、満一〇歳(小学校四年生)の男子児童の平均身長は約一三八センチメートル、平均体重は約三一ないし三三キログラムであったが、原告は、当時、身長約一四六センチメートル、体重約三三キログラムであり、原告と共に本件卓球台を片付けていた北上田剛は、身長約一四四センチメートル、体重約三二キログラムであった。
〔証拠略〕
2 本件卓球台
本件卓球台は、株式会社河合楽器製作所のKS―五二〇型である。
本件卓球台は、別紙3表示のとおり、長さ一三七センチメートル、幅一五二・五センチメートル、厚さ三センチメートルの木製天板二枚が中央合わせ目においてスチール製ヒンジ二箇所によって、板面上面を内側にして折り畳まれ、直径六センチメートルのゴム製キャスター付のスチール製脚四脚によって直立する構造であり、重量は一〇二キログラムである。
直立した状態の本件卓球台の計測値は、高さが床面から一五五センチメートル、キャスターの間隔はキャスターの向きによって異なり、相対する板面間において最長六〇センチメートル、最小四八センチメートルである。
〔証拠略〕
3 本件卓球台の取扱いに関する注意事項
(一) 争点1に関する原告主張(一)のとおり、株式会社河合楽器製作所は、内折式の卓球台を取り扱う際の注意事項を記載した取扱い説明書を作成し、卓球台の天板裏に貼付するなどしている。
(二) しかしながら、本件事故当時、本件卓球台には、右取扱い説明書は貼付されておらず、「開閉はかならず二人で行うこと」等を記載した簡単な注意書きが貼付されているのみであった。
〔証拠略〕
(三) 右取扱い説明書の注意書き(1)における「生徒」とは、中学生、高校生を指しているものであり、「児童・生徒などの子供だけにまかせないこと」とは、教師に一方の端を持つことまで要求するものではなく、移動・設置についての安全認識をもった者の管理下で、正しく移動・設置・収納の作業を行うように管理することが望ましいという意味である。
右取扱い説明書の注意書き(2)における「かならず二人で行うこと」とは、卓球台が重量物であることから、左右のバランスを失ったときに事故を起こさないためのものである。
(四) また、小学校向きの卓球台とは、小学校低学年の生徒が使用する際に、児童の背丈に無理をさせないように、公式の高さより一〇センチメートル低くすることができる高低調節式のものをいう。
本件卓球台は、広げたときの高さが七六センチメートルであり、高低調節ができないため、小学校向きの卓球台にはあたらないが、本件卓球台が、小学生(特に中高学年)の使用に適さないものではない。
〔証拠略〕
4 小学四年生の児童らが本件卓球台を収納する際の安定性
(一) 本件卓球台は、重量一〇二キログラムと重いものであるが、天板を閉じる際に、天板の両端付近で上向き方向に力をかけると、天板が四五度になったあたりで若干重量を感じるものの、中央合わせ目にあるスチール製ヒンジの作用によって両天板が中央に引き寄せられて閉じ、右動きに合わせてキャスターが回転して脚部が中央に寄る仕組みとなっているため、小学校四年生の児童ら四名によっても、本件卓球台を折り畳む通常の作業自体は、さほどの困難さ(体力・経験)をともなわずに行うことができるものである。
また、閉じられた状態の本件卓球台は、キャスターのついた四脚の脚によって支えられており、天板の長手の方向に力をかけると、キャスター回転することによって卓球台が前進するので、小学校四年生の児童ら四名によっても、本件卓球台を移動させる通常の作業自体は、さほどの困難さ(体力・経験)をともなわずに行うことができるものである。
(二) もっとも、株式会社河合楽器製作所が作成した取扱い説明書に、卓球台の移動・設置・収納の作業は、中学生や高校生の生徒だけにまかせず、安全認識をもった者の管理下で正しく作業を行うことが望ましいとされていること、卓球台の移動・設置・収納の際に、左右のバランスを失って事故をおこさないように、かならず二人で行うようにとされていることからすれば、中学生や高校生にくらべて体力や判断能力の劣る小学校四年生の児童らのみに、卓球台の移動・設置・収納の作業をまかせることは、当然、望ましいことではなく、また、閉じられた状態の本件卓球台は、高さ一五五センチメートルであり、身長一四〇センチメートル前後の小学校四年生の児童らにとって、天板を閉じる作業の途中で、天板の両端部が身長を超えるため、反対側にいる児童らの動きが見えなくなるので、卓球台の移動・設置・収納の際に、左右の力の均衡を失うことは十分ありうるということができる。
また、天板を閉じる作業の途中で、左右の力の不均衡により本件卓球台の脚部につけられたキャスターが思わぬ方向に動くのを止めるため、児童らにおいて、天板を閉じる作業の途中で、足でキャスターを押さえる動作をする場合がある。
(三) しかしながら、仮に、本件卓球台を折り畳む過程において、両天板を上に押し上げる左右の力が不均衡であったとしても、中央合わせ目にあるスチール製ヒンジの作用に助けられて両天板が中央に引き寄せられること、及び、天板が閉まった状態においてもキャスター間の幅が四八ないし六〇センチメートルあることから、本件卓球台は容易に倒れる構造とはなっていない。
また、仮に、本件卓球台を折り畳む過程において、一方のキャスターの回転が天板の閉じる方向と垂直の角度をもって止まった場合であっても、他方の天板側のキャスターが回転して近づくことによって、卓球台全体の位置を止まったキャスター側に移動させながら天板が閉じていくので、卓球台は容易に倒れる構造とはなっていない。
右構造からすると、本件卓球台を折り畳む過程において、卓球台の倒れる側の脚元が、キャスターが止まるなどして動かない状態、すなわち、支点となり、反対側の天板の上部を強く押す力あるいは勢いよく押す力と、倒れる側の天板の上部を引く力が合わさったような場合に、初めて、本件卓球台の倒れる可能性があるものと推認するのが相当である。
〔証拠略〕
5 橋戸教諭及び藤田教諭による卓球クラブにおける指導
(一) 争点1に関する被告主張の(二)のうち(2)及び(3)の各事実が認められる。
〔証拠略〕
(二) そこで、指導教諭らは、児童のみで卓球台を収納することは十分可能と判断し、本件事故の当時、卓球クラブ員の最小学年である四年生が卓球台を収納する際であっても、ことさら卓球台の側面について児童らを指導することなく、藤田教諭は、ネットの修理のために職員室に居り、橋戸教諭は、卓球クラブ全体を見渡し、片付けの遅れているグループを指導していた。
6 本件卓球台等の物理的瑕疵の有無
京都府桂警察署が、昭和六三年二月二二日午後二時四五分から同日午後五時五分まで、本件事故に関して業務上過失傷害被疑事件の捜査として福西小の体育館及び本件卓球台を実況見分したところ、福西小の体育館の床面及び本件卓球台に、特に異常は認められなかった。
以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。
二 指導教諭の過失責任の有無(争点1)について
1 原告は、本件卓球台には重量があり、小学四年生の児童ら四名が通常の方法で取り扱ったとしても転倒する危険性のあるものであるから、児童らだけで本件卓球台の後片付けをさせ、指導教諭らがかならず立会いの上児童らに後片付けの方法等を指導すべき注意義務を怠った点に、教諭らの過失があると主張する。
これに対し、被告は、指導教諭らが児童らに対して年度始めに本件卓球台の取扱い方法を指導したこと、児童らの体力・経験からみて本件卓球台の取扱いはそれほど困難なものではないこと、本件卓球台を通常の方法で取り扱っていれば倒れる危険性のない安定性のあるものであり、本件事故において何故本件卓球台が倒れたのか原因が明らかでないことから、原告を含む四名の小学四年生の児童らが本件卓球台の後片付けをする際、指導教諭らが傍らで付添って後片付けの方法等を指導すべき義務はないと主張する。
2 そこで、指導教諭らが小学校四年生の児童らに本件卓球台と同型の卓球台を扱わせる際に、いかなる指導をすべき注意義務があるかについて、以下、検討する。
右一認定事実を総合して判断するに、たしかに、本件卓球台は重量のあるものであり、閉じた状態の高さが一五五センチメートルになることから、小学四年生の児童らのみに収納させると、児童らの身長では収納過程の後半になると他方の台の様子が見えなくなり、天板を持ち上げる左右の力の均衡を失う可能性のあることは否定できない。しかし、本件卓球台の中央部に設置されているスチール製ヒンジの作用及び脚部のキャスターの回転によって、小学四年生の児童らの身長、体重、平均的な体力、経験をもってしても、収納・移動にさほど困難を伴うものではなく、また、通常の方法をもって本件卓球台を収納した場合はもちろんのこと、天板を押し上げる左右の力が不均衡であったり、一方のキャスターの回転が止まった場合であっても、スチール製ヒンジの作用及びキャスター間の幅等から、容易に倒れる可能性のない安定したものであることが認められる。
とすると、指導教諭らが、学年の初めの授業時間を利用して、小学校四年生の男子児童らに対し、卓球台を収納する際の一般的な注意事項を確認し、数回の収納の練習や、収納後の反省、キャスターに乗るなど危ない行為をした児童に対する注意を与え、児童らに設置・収納方法を習得させることによって、必要な安全義務を果たしたということができ、右注意義務を超えて、一方のキャスターが止まり反対側の天板の上部を勢いよく押す力と、倒れる側の天板の上部を手前に引く力が合わさるなどの条件が重なって、卓球台が倒れるような場合を想定して、小学校四年生の男子児童らが卓球台を収納する際に、かならず立会いの上安全に収納するように指導・監督する義務まで負うものではないというべきである。
よって、本件卓球台が通常の収納方法に従ったとしても倒れる危険性があるとの原告の主張は、その前提を誤っており、卓球クラブの指導教諭らにおいて、原告を含む小学校四年生の児童らに、本件卓球台より小型で軽量の卓球台を使用させるべき義務、あるいは、原告を含む小学校四年生の児童ら四名のみで、本件卓球台の後片付けをさせないようにすべき義務があるとする原告の主張は失当である。
三 本件卓球台の瑕疵の有無(争点3)について
1 原告は、原告を含む小学四年生の児童らがふざけたり、足をキャスターに乗せるなどの異常な行為をとっておらず、床の突起物に卓球台や児童らがひっかかったというような形跡もなく、通常の収納方法で折り畳んでいたにもかかわらず、本件事故において卓球台が現に倒れたことをとらえ、本件卓球台には物理的に瑕疵があったとする一応の推定がなされるべきであると主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、桂警察署が本件事故当時行った実況見分によると、本件卓球台に特に異常があったとは認められていない。
また、本件卓球台は通常の用法に従って収納していれば容易に倒れない構造となっているが、物理的に瑕疵がなくとも、キャスターの回転が止まり、反対側から勢いよく押す力と倒れる側の引く力が合わさった場合などの条件が重なれば、倒れる可能性もあるところ、原告が本件事故当時の記憶を失っていること、原告と反対側にいた北上田剛には原告側が見えていなかったこと、別紙2表示のとおり原告と同じ側に居た藤本少年に対する事故後の事情調査が十分なされなかったことからして、原告を含む四名の児童らが通常の用法に従って収納していたことを推認することができず、結局、本件卓球台が倒れた原因として、原告らが異常な行動をとった可能性あるいはキャスターの回転が止まり、反対側から勢いよく押す力と倒れる側の引く力が合わさった場合などの条件が重なった可能性を否定することはできない。
よって、本件卓球台が通常の方法に従って収納していたにもかかわらず倒れたとする原告の主張は、その前提を誤っており、通常の方法に従って収納していたにもかかわらず本件卓球台が倒れたのであるから物理的瑕疵を推認すべきとの原告の主張は、失当である。
2 また、原告は、仮に本件卓球台に物理的瑕疵がなかったとしても、指導教諭らが小学四年生の児童らのみに本件卓球台を扱わせたことをもって、あるいは、指導教諭らが、右児童らが本件卓球台を収納するに際し、立会いの上適切な指導・監督をしなかったことをもって、本件卓球台には瑕疵があると評価されると主張する。
しかしながら、前示のとおり、卓球クラブの指導教諭らには、児童らが本件卓球台を収納する際、かならず立会いの上指導・監督する義務までは認められないのであるから、原告の右主張は失当である。
四 結論
以上のとおり、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 中村隆次 池上尚子)